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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(オ)504号 判決 1987年3月03日

上告人 福田明 外1名

被上告人 福田ふさ

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人○○○○の上告理由について

亡福田七郎(以下「七郎」という。)は財団法人○○会(以下「○○会」という。)の理事長であつたこと、七郎の死亡当時、○○会には退職金支給規程ないし死亡功労金支給規程は存在しなかつたこと、○○会は、七郎の死亡後同人に対する死亡退職金として2000万円を支給する旨の決定をしたうえ七郎の妻である被上告人にこれを支払つたことは、原審の適法に確定した事実であるところ、右死亡退職金は、七郎の相続財産として相続人の代表者としての被上告人に支結されたものではなく、相続という関係を離れて七郎の配偶者であつた被上告人個人に対して支給されたものであるとして七郎の子である上告人らの請求を棄却すべきものとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響のない説示部分を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法401条、95条、89条、93条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 伊藤正己 長島敦 坂上壽夫)

上告代理人○○○○の上告理由

原判決には、左記のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背および重大な審理不尽・理由不備・理由齟齬ならびに判断の逸脱が存し、とうてい原判決の破棄は免れない。

第一判決に影響を及ぼす明白な法令違背ないし審理不尽・理由不備・判断の逸脱原判決は、左記のとおり当事者の何ら主張せざる事実を、全く軽率かつ独断的に、その請求原因事実として認定・判断する違法を犯している。(民事訴訟法第186条違反)

一(一) 原判決は、その結論的判断において、「被控訴人らが本件退職金2000万円につき、それが亡七郎の相続財産であるとの主張に基づき、控訴人に対し共有財産の引渡し請求として各3分の1の金員とその遅延損害金の支払を求める本訴請求は、爾余の判断をするまでもなく理由のないことが明瞭である」((注)・印は代理人)として、一審判決を取り消している。

(二)1 しかしながら、上告人(原告)らが、本訴請求において、本件退職金2000万円が相続財産であるとの主張を行つたことなどは皆無である。

2 上告人らの本訴請求は一貫して、本件退職金が、上告人・被上告人ら3名が等分受給した固有財産であるとして、被控訴人に対しその分割を請求しているのであり、相続財産として請求しているのではない。

右事実は、一審全記録、とりわけ訴状・請求原因事実を一読すれば明瞭である。

上告人(原告)らは、その訴状・請求原因第三項末尾で、わざわざ本件請求に至つた経緯を主張しているのである。

すなわち、上告人(原告)らは、当初、東京家庭裁判所での遺産分割調停事件において、本件退職金につき、故福田七郎の遺産の一部として、その分割を求めていたが、右遺産分割調停事件担当の○○判事(その後、○○裁判所○○○○に就任)から、本件退職金は、遺族らの固有財産である旨の助言を得るに至り、右調停事件の不成立後、本件請求に及んだ旨、わざわざ主張しているのである。

(三) したがつて、原裁判所が、本件記録を精査していたならば、原判決のごとく上告人(原告)らの本件請求の根幹をなす基本的主張事実を全く正反対に取り違えるなどの誤謬を犯すことはなかつたはずである。

二(一) 原判決は、右のごとく、上告人(原告)らが、全く主張していない事実、即ち「本件退職金2000万円につき、故福田七郎の相続財産であるとの主張に基づく本件請求」について判断したという点において、民事訴訟の大原則たる弁論主義違反の明瞭な法令違背を犯し、また上告人(原告)らの主張する「等分受給による固有財産として」の本件請求につき、判断していないという点において、判断の逸脱・理由不備の違法を犯しており破棄を免れない。

(二)1 また、原判決は、右のごとき上告人(原告)らの基本的主張の誤解・取り違えという余りにも軽率かつ重大な誤謬を犯し、その誤つた認定事実に基づき、あれこれ判断したという点において、明瞭な法令違背ないし審理不尽・理由不備・理由齟齬が存し、破棄を免れない。

すなわち、原判決のごとく、その判断の大前提として、上告人(原告)らの主張を、「本件退職金につき、故福田七郎の相続財産であるとの主張に基づく本件請求である」旨認定したうえで、あれこれ判断すれば、その判断自体、誤つたものとなり判決に重大な影響を及ぼすことは明瞭である。

2 ところで、原判決ないし原裁判所が、何故、かかる上告人(原告)らの基本的主張の誤解・取り違えという軽率かつ重大な誤謬を犯したのであろうか。

控訴審裁判所の職責として、一審ならびに一審記録を充分に精査しさえすれば、当事者の主張内容はおのずと明らかであり、仮に、当事者の主張内容につき、不明瞭な点が存する判断をしたのであれば、適切な釈明権を行使して、その主張内容を容易に明確に出来たはずである。

しかるに原裁判所は、後記のとおり控訴審における第1回口頭弁論期日において、開口一番、いきなり本件を弁論終結するかのごとく明示(控訴理由さえ、当日提出のため未陳述にも拘らず)し、そして第2回口頭弁論期日をもつて、何ら釈明権を行使することなく、弁論を終結している。

原裁判所の右のごとき審理状況を見れば、真に構成3裁判官それぞれが、一審記録を精査したものであるのか強い疑いが存するものである(構成3裁判官全員が、上告人(原告)らの主張内容を誤解・取り違えることなど、とうてい信じ難いことである。)

右の点を見ても、原判決の審理不尽は明瞭と言わざるをない。

第二法令違背、審理不尽ないし経験法則・採証法則の適用の誤り、理由不備・理由齟齬

一 原判決は、一審判決が、何ゆえ本件退職金について、上告人・被上告人ら3名による等分受給権を認定するに至つたかにつき、全く理解していない。

一審判決は、上告人ら訴訟当事者と直接、接したうえ、本件退職金支給の実態を把握し、当事者における3等分受給権を認容することが、まさに条理と公平に合致するとしたものである。

そして、一審判決ないし一審裁判所においても、死亡退職金の法的性質についての最高裁判所の見解、さらには乙第1号証(理事会議事録)の提出・存在の持つ意味合い、および本件退職金の非相続財産性の認識などについては、当然その判断材料となつていたのである。

そのうえで、一審判決は、条理・公平の観点から上告人・被上告人らの固有財産として、3等分受給権を認容したのである。

しかるに、原判決は、書面上の上つ面に依拠した安直かつ軽易な採証に基づく形式的な法律判断に終始し、自らの判断の妥当性を実証する努力を放棄したうえ、いとも簡単に一審判決を排斥するに至つた。

二 法令違背、審理不尽ないし理由不備

(一)1 原判決は、およそ控訴審裁判所としては、異例ともいえる実質審理抜きの超短期の訴訟指揮によつて弁論終結し、そして一審判決を全面的に排斥した。

原裁判所は、一体何故に、それほど審理終結を急いだのであろうか。

また、控訴審裁判所として、一審判決を全面的に覆した判断を行う場合、自らの判断の妥当性を実証するための必要最小限度の証拠調べを行なうのが極く通常かつ常識ではなかろうか。

原裁判所の本件のごとき全く抜き打ち的訴訟指揮は、訴訟当事者の攻撃防禦権を違法に封殺するものである。

2 そして、原裁判所における審理方法は、おおむね左記のとおりであつた。

(1) 昭和58年11月18日午前10時、第1回口頭弁論期日当日、控訴人から同日付準備書面(控訴理由記載)および乙第7号証が提出されたが、原裁判所は、いまだ右控訴理由に目を通さないうちに、本件は原審での事実審理が充分行われているので、弁論終結したいとの見解を示した。

原裁判所の右意向に対して、控訴人からさらに控訴理由を補充したい旨の発言があり、被控訴人らも控訴理由につき、検討のうえ反論したい旨回答し、次回までに双方主張を準備することになつた。

(2) 同年12月16日午後3時、第2回口頭弁論当日、控訴人から同月13日付準備書面(補充控訴理由記載)が提出され、被控訴人らから、先日提出してあつた同月16日付準備書面を提出し、前回提出の乙第7号証の認否(不知)を求められたのち、控訴人から人証申請の用意がある旨発言があつたが、原裁判所からその必要はない旨の指摘によつて弁論が終結した。

(3) そして、翌59年1月30日午後1時、原判決の言渡しがなされたが、以上のとおり原裁判所における本件審理は極めて短時間かつ形式的なものであつた。

しかも、原裁判所からは、和解勧試もなく、また主張内容如何についての釈明権の行使も行われなかつた。

(二) そして、原判決は右のごとく全く実質的審議を欠いたまま、形式的な書面審理のうえ判断するに至つたが、その安易かつ拙速な審理の結果(審理不尽)・上告人(原告)らの基本的主張内容を誤解・取り違えるといつた重大な判断の誤り(法令違背、理由不備)を犯すに至つた。

1 原判決は前記のとおり、その結論的判断として、上告人(原告)らの本訴請求が「本件退職金につき、故七郎の相続財産であるとの主張に基づく」ものであるとの誤解・取り違えたうえで右取り違えた主張を前提として、本件退職金が亡七郎の相続財産であるか否かの判断を行い、かつその判断で事足りるとしている。

すなわち、原判決は、「本件退職金は、○○会に何ら退職金に関する規定がなかつたという前判示の事情のもとでは、特段の事情のない限り、亡七郎の相続財産として相続人の代表者としての控訴人に支給決定がされたのではなく」と判示し(理由・二の1、但し、・点は代理人記入)、わざわざ本件退職金につき、亡七郎の相続財産と見るべき特段の事情の有無について、あれこれ形式的かつ上つ面な判断を行つている。

2 しかしながら、上告人(原告)らは、本件退職金につき、それが上告人・被上告人ら3名の等分受給に係る固有財産であるとの主張に基づき、本件請求を行つているのであり、本件退職金が亡七郎の相続財産であるとして、本件請求を行つているものではない。

ちなみに、上告人(原告)らにおいて、本件退職金が相続財産である旨主張するのであれば、右清算は、当然遺産分割調停として処理するもので、本訴請求など行うわけがない。(その経緯についても主張済みである。)

3 しかるに、原判決は、本件退職金が亡七郎の相続財産か否かの判断に終始し、それが上告人・被上告人ら3名の等分受給に係る固有財産であるか否かの判断を全く欠落させている。

4 その結果、原判決は、一審判決が、本件退職金について、それが上告人・被上告人ら3名の等分受給に係る固有財産であるとして、上告人(原告)らの本件請求を認容した点については、その当否につき何らの判断も示していない。

5 しかも、一審判決は、原判決が、何らの精査・実証も行わずに、いとも簡単に、その存在・作成を認めるに至つた乙第1号証(理事会議事録)の証拠提出・存在、さらには証人佐山正の証言の存在を充分に認識し、判断材料としたうえで、本件退職金につき、上告人・被上告人ら3名の等分受給に係る固有財産である旨認定しているのである。

その点において、一審判決が、直接訴訟当事者と接したうえでの事実審理の結果、亡七郎死亡後の財団法人○○会の経営実態、本件退職金支給の経緯、乙第1号証の証拠提出状況などの事実に鑑みて、乙第1号証及び証人佐山正の証言につき、その「字義どおり」には、解し得ぬとの判断に達したことは、容易に推察できるのである。

6 にも拘らず、原判決が全く同一の証拠をもつて、全く相反する判断、すなわち乙第1号証及び証人佐山正の証言を、その「字義どおり」に解し得ると判断するのならば、なぜ、その自己の判断の妥当性を実証・確認するために必要最小限度の釈明権の行使あるいは証拠調べをも行わなかつたのであろうか。

原裁判所は、我国裁判制度における一審裁判所の判断を、それほどまでに軽んじているのであろうか。

右の点においても、原判決の審理不尽は明らかである。

(三)1 原判決は、亡七郎死後の財団法人○○会の経営実態、亡七郎と上告人・被上告人ら3名との関係について、証拠上何らの実証を行つていないにも拘らず、証人佐山正の証言を「字義どおり」鵜呑みにし、被上告人の上告人らに対する誹謗・中傷的主張を鵜呑みにしたうえ、その誤判断の材料にしている点で経験則ないし採証法則の適用の誤り、審理不尽は明らかである。

2 原判決は、本件退職金につき、亡七郎の相続財産としての特段の事情がない旨の判断に付加して、「控訴人が亡七郎の生前同人の○○会の運営その他を物心両面にわたり支えた内助の功に報いるためであり」などと被上告人の上告人らに対する誹謗中傷的主張(昭和58年12月13日付準備書面)、あるいは証人佐山正の証言を全くそのまま鵜呑みにしたと言わざるを得ない判断を行つているが、原判決が、右のごとき事実認定を行つたこと自体、原判決が、本件事案の真の背景事実・争点を何ら理解していないことを如実に示すものである。

3 原判決は、何ゆえ、一審裁判所が、本件退職金支給の実態につき、もつとも熟知しているはずの被上告人本人の尋問を行わなかつたのかにつき疑問を感じなかつたのであろうか。

上告人(原告)らは、一審において、すでに真実解明のためには、被上告人(被告)本人尋問が必要であるとして、わざわざ同人の人証申請を行つているのである。

しかるに、被上告人(被告)本人尋問は、その必要がないとして、それを拒絶したのは、被上告人側である。

被上告人(被告)本人尋問を、被上告人側が拒絶したのは同人の証言態度・内容によつて、その書面上、創り上げた虚像、そして本件退職金支給の実態が明らかになることを恐れたからだと言わざるを得ない。

4 本件請求は、先妻の子が、後妻に対して、被相続人の死亡退職金の分配を請求しているという単に一図式の争いではない。

本件請求は、亡七郎の死後、急遽、(財)○○会の実権をにぎつた被上告人につながる一族と亡七郎の実子たる上告人両名との、いくつかの争いの一つである。

(1) すなわち、亡七郎の死後、わずか12時間強しか経過していない昭和55年5月27日午後1時30分、証人佐山正(被上告人の妹の夫、即ち義弟)によつて集められ出席したとされている、わずか3人の理事によつて開催されたと称する(財)○○会理事会では、被上告人を理事ならびに後任理事長に選任したという。

(ちなみに、当時の(財)○○会の理事は、5名であり、その寄附行為第20条による理事会の定足数は、理事総数の3分の2以上の出席が必要であつた。)

(2) ところが、被上告人が(財)○○会の就任後、わずか6ヵ月の後の昭和55年12月20日には(財)○○会は、上告人福田明に対し、同人が居住し、○○診療所として使用中の建物について明渡要求し、さらに建物明渡し訴訟を提起するに至つた。(現在、東京地方裁判所で係争中である。)

(3) そして、東京家庭裁判所での亡七郎の遺産に係る分割調停は不調に終り、その結果、亡七郎の遺産の範囲を確定するための東京地方裁判所民事第一部に係属中の不動産関係訴訟と本件請求との合計3件もの民事訴訟が行われているのである。

5 したがつて、あれこれ当事者間で複雑に係争している中の一つである本件請求においても、(財)○○会の経営実態、証人らの利害関係の有無、本件退職金支給の実態について精査し見定める審査が必要であり、単に形式的に乙第1号証が提出・存在し、証人佐山正が作成について証言しているという判断のみでは真実はとうてい解明できないはずである。

そもそも、被上告人あるいは証人佐山正の立場にあれば、乙第1号証のごとき文書はいくらでも好き勝手に創作できるものである。

6 しかしながら、後日の提出された乙第1号証及び証人佐山正の証言の存在をもつてしても、本件退職金支給状況を精査するならば、その「字義どおり」には解し得ぬとしたのが一審判決である。

原判決が、そういう判断をした一審判決を全面的に覆すのであれば、控訴審裁判所として然るべき証拠調を実施し、その判断の妥当性を実証すべき義務を有していたはずである。

しかるに、原判決、右実証義務を怠つたばかりか、何ら証拠に裏付けられていない被上告人の我田引水的主張までをもそのまま鵜呑みにするものであり、その審理不尽ぶりは、とうてい承服し難い。

三 法令違背、理由不備・理由齟齬、審理不尽

(一)1 原判決は、本訴請求以後、唐突に提出された乙第1号証の作成及び記載内容の真実性の有無についての証拠能力・価値等、その充分な精査を怠り、乙第1号証の記載内容を、あたかも何らの争いがない真実かつ当然の前提事実かのごとく誤判断し、右誤判断の認定事実を前提として、特段の事情のない限り、本件退職金が被上告人(被告)個人に対して支給されたものとして、特段の事情の有無につきあれこれ判示している。

しかしながら、原判決の右判示は、以下のとおり審理不尽ないし理由不備・齟齬を犯したものと言わざるを得ない。

2 上告人(原告)らの本訴請求の法的かつ事実根拠の一つは現実に、昭和55年11月上旬までに、(財)○○会が、本件退職金を亡七郎の遺族3名に対して等分支給の決定をし、その旨、(財)○○会の顧問税理士であるとともに、被上告人の相続税申告手続を受任した訴外本田税理士を介して上告人(原告)ら2名に報告されたことにあつたのである。

ところが、被上告人(被告)及びその代理人弁護士は、東京家庭裁判所における遺産分割調停後の一審裁判所での本訴請求において、突然、理事会議事録なる文書を乙第1号証として証拠提出し、以後右乙第1号証の存在及び記載内容を、唯一の盾にして、本件退職金の独占を主張するに至つたのである。

そこで、上告人(原告)らは、そもそも乙第1号証記載のごとき理事会議決は不存在であり、後日創作されたものであり、その事実裏付けとして本訴請求に至るまでの(財)○○会及び被上告人(被告)の言動を見れば、本件退職金が上告人・被上告人ら3名に対し等分支給されたものであることを主張・立証し、一審判決においても、その事実経過を精査したうえで、本件退職金が原・被告ら3名に対して等分支給された旨認定したのである。

3 しかるに、原判決は、充分な記録精査もなしに、頭から乙第1号証の作成及びその記載内容を軽信し、特段の事由がない限り本件退職金が被上告人(被告)個人に対して支給されたものと極め付けたうえ、例外としての特段の事由があるかないかの形式的な机上論議に終始している。

しかしながら、本件訴訟の争点は、乙第1号証記載のごとき理事会議決が当時真実存したか否かであり、さらにその次には、右のごとき理事会議決があつたとしても、(財)○○会の実態及び(財)○○会ならびに被上告人(被告)の言動に鑑みて本件退職金の受給者は被上告人1人か、あるいは上告人・被上告人ら3名かということにあつた。

ところが、原判決の決断は、全く逆立ちしており、乙第1号証記載内容の真実性の有無については何らの精査・実証もなく、その記載内容を当然の前提としたうえで、あれこれ判示している。

(二) 原判決は、乙第1号証の作成、およびその記載内容につき、当然のごとくその真実性を肯認し、右記載内容とは相矛盾する(財)○○会あるいは被上告人(被告)らの言動については、それらを軽視したうえ上告人(原告)らの本件請求を排斥しているが、原判決の右判断は、経験則ないし採証法則に違反した審理不尽、あるいは明白な法令違背ならびに理由不備等の誤りを犯したものと言わざるを得ない。

(三) 原判決は、相続税法第3条1項の解釈・適用を誤つたうえ、本田税理士の所為及びその評価につきその判断を誤つている。

1 本田税理士は、(財)○○会及び被上告人(被告)にとつて、単なる一税理士ではない。

(ちなみに、原判決は、本田税理士が、(財)○○会の委嘱によつて本件退職金の課税処理を行つたとしているが、右は明らかな事実誤認である。本田税理士は、被上告人の税申告代理人として同女の相続税申告を行つているのである。)

本田税理士は、茨城県水戸市所在にも拘らずすでに以前から、証人佐山正の引きにより(財)○○会の顧問税理士として、その税務処理を担当し、さらにまた、亡七郎の相続税申告については、被上告人(被告)の代理人として、その税申告を行つた人物であり、証人佐山及び被上告人(被告)とは、極めて親密な間柄にあつた人物である。

その結果、当初から亡七郎の相続税処理については、心情的にも、上告人(原告)らに対して反感を有していたことは、単なる納税打ち合わせの為に、上告人(原告)らに対し、わざわざ内容証明郵便(甲第7号証)をもつて呼び出しを行うといつた異例の対応からも容易に推測でき得ることである。

そして、少なくとも上告人(原告)らに対し、当初から反感を有していた本田税理士自らが、昭和55年11月上旬、本件退職金の上告人・被上告人ら3名に対する等分支給決定の旨明示しているのである。

しかも、本田税理士の上告人(原告)らに対する右退職金支給決定の告知は、(財)○○会及び被上告人からの教示によつて行われているのである。

かかる事実の下では、本田税理士の所為は、原判決の判断のごとく、とうてい軽視し無視することはできないはずである。

2 (1) ところで、原判決は、その判示中、死亡退職金の法的性質につき判断した最高裁判決(昭55・11・27判決)を引用しているが、右判決は、本件退職金の法的性質を論議するうえで、何らの妥当性を有していないばかりか、右判決の行方によつて、相続税法上の死亡退職金の税務処理には何らの影響を及ぼすものではないことは、当時の税法の解釈上からも明白なことであつた。

(2) しかるに、原判決は、右のごとき最高裁判決の行方が、当時の相続税法上の解釈・運営についても影響を与えていたかの如くわざわざ独断説示して、本田税理士による本件退職金処理事実の判断を行つている。

(3) 原判決の右判断は、明白な法令違背ないし審理不尽による誤りと言わざるを得ない。

3 すなわち、前述の最高裁判決以前から、相続税法上、死亡退職金は、相続税申告期限までに、その支給が確定している場合には、その受給権者のみなし相続財産として税申告を行う取扱いであり、右税処理は、税理士としても当為の基本的問題であつたことは言うまでもない。

したがつて、後日における本田税理士の言い訳的証言のごとく、相続税申告当時、いまだ本件退職金支給の決定がなされていないのであれば、わざわざ上告人(原告)らをしてまで、税申告を勧奨する必要は皆無であつたのであり、仮に被上告人(被告)個人に支給される旨の決定であれば、同女が全額をみなし相続財産として税申告するのが常識からみて当然であつたにも拘らず、税理士であり上告人(原告)らに対して反感こそいだいていた本田税理士が、わざわざ上告人・被上告人らによる3等分受給を前提とした税申告を行つているという事実こそが、上告人らの本件請求の正当性を裏付けているのである。

にも拘らず、原判決は、被上告人あるいは本田税理士らの言い分を、そのまま鵜呑みにした結果、前記のごとく判断を誤つている。

(四) 原判決は、乙第1号証(理事会議事録)の作成、あるいはその記載内容につき、何らの疑義もはさまず、当然の前提していながら、右事実とは相入れない(財)○○会あるいは被上告人らの言動については、それら事実をことさらに過小評価ないし軽視した結果、その判断を誤つた。

1 原判決は、遺産分割調停事件における被上告人代理人の昭56・6・16付陳述書(準備書面ではない――原判決には、この種のミスがいくつも見受けられるが、同裁判所が、本当に本件記録を精査したのか大いに疑問をいだく点である。)において、被上告人が、本件退職金を「保管中」と回答している点についても、わざわざあれこれ弁護したうえ「字義どおり」に解するのは相当でない旨判示しているが、原判決が、一体いかなる証拠をもつて右のごとく判断するに至つたのか、とうてい理解できない。

すべてが、右のごとく一定のあらかじめの結論にもとづき偏頗な証拠判断が行われたのでは、とうてい承服し難いことである。

2 昭和55年12月6日、乙第1号証(理事会議事録)記載の理事会議決が真実、行われたものであれば、被上告人代理人○○弁護士も、当然、右(財)○○会理事会に出席し、(同弁護士は、昭和55年10月4日、(財)○○会の理事に就任している。)本件退職金の受給権者が誰かを確知しているはずであつた。

そしてまた、真実、乙第1号証が作成されていたのであれば、同弁護士は、当然、その存在を確知していたはずである。

しかも、弁護士たる職業柄、右のごとき点については明確に、その問題点を把握しているのが通常である。

3 そして、東京家庭裁判所における前記遺産分割調停事件においては、上告人らの一審での主張の(昭58.7.14付準備書面一の(四)の2の(1)~(7))ごとく第1回調停期日(昭56.3.12実施)から、当時の○○判事から、本件退職金が遺族固有の権利に属する旨の指摘がなされ、その帰属についての問題が生じていたのである。

その後、第2及び3回調停期日においても、本件退職金の取扱いが問題にされて来た。

4 そして、右第4回調停期日(昭56.6.16実施)当日、前記陳述書が提出され、本件退職金につき、被上告人(被告)が「保管中」の旨陳述されたのである。一つの審議の流れの中で、「保管中」なる陳述が行われたのである。

かように、被上告人あるいはその代理人弁護士は、右6月16日の時点まで、乙第1号証記載のごとき理事会議決の存在について、ただの一言も申し述べていないのである。

問題は、右の点にある。

何故ならば、真実、前記のごとき(財)○○会理事会における議決が存していたならば、その出席理事たる代理人弁護士から、その旨早期に指摘されていたはずであり、また、そのような処理が極く常識的なものである。

しかも、原判決が、被上告人(被告)に証拠上有利に採用した被上告人の昭56.7.23付陳述書(乙第3号証)あるいは同昭56.11.26付陳述書(乙第4号証)によつても、被上告人代理人は、本件退職金が被上告人が受給したものである旨のみ陳述しているだけであり、前記のごとき理事会議決云云など一言も主張していないのである。

しかしながら、真実、(財)○○会のそのような理事会に出席し議決したとするならば、一方当事者の代理人弁護士として職責上も、そのような極めて自己に有利な事実を指摘しないことなどおよそ考えられないことである。

5 原判決は、真実右のごとき経緯を把握したうえ判断するに至つたのであろうか。

上告人(原告)らとしては、原判決が単に形式的あれこれつじつまを合わせるがごとき安直な裁判を行つたとしか疑わざるを得ない。

(五) さらに、原判決は、証人佐山正が、本件退職金を「福田ふさ相続口」に振込支払つた点につき、(財)○○会及び控訴人において独断専行を避け、ひとまず右相続口なる口座に振込みを受けたものとして、被上告人(被告)に有利に証拠判断を行つているが、右判断は経験則あるいは証拠採証の法則に違反した審理不尽を犯している。

1 原判決が、その大前提とする乙第1号証記載の理事会議決が真実存したものであれば、証人佐山、及び被上告人が、わざわざ上告人・被上告人ら3名の共有財産用の銀行口座である「福田ふさ相続口」には振込んで支払うことなど絶対にない。同人らは当然、被上告人単独の銀行口座である「福田ふさ」名義の口座に振り込んだはずである。

真実、前記議決がなされ、受給権が明確になつている場合に、何故原判決弁護のごとく、証人佐山あるいは被上告人が被上告人単独の銀行口座に振込支払うことを躊躇したと言うのであろうか。

右の点は、まさに原判決の理由不備ないし理由齟齬を物語るものである。

2 証人佐山、あるいは被上告人が、原判決の弁護するがごとき配慮を上告人らに対して行うなど皆無である。

同人らが、上告人らとの間の財産紛争につき、それほど配慮しているとするならば、何故、亡七郎の死後翌日、あわただしく上告人らに一言の相談もなしに(財)○○会の理事会を招集し、定員いつぱいの理事を選任し、かつ被上告人をその理事長に選任するに至つたのであろうか。

何故、亡七郎の死後半年を経ないうちに、上告人福田明が居住し、かつ診療所に供している建物につき、明渡訴訟を強行したのであろうか。

何故、被上告人は、一切の遺産分割の実行を拒絶しているのであろうか。同女は、右分割拒絶の間、月額70万円もの地代を取得し、かつ(財)○○会理事長として数十万円の給与を取得しているのである。

3 右の点に鑑みても、(財)○○会が本件退職金を「福田ふさ相続口」に振込んだのは、本田税理士が説示したごとく、それが上告人・被上告人ら3名に対し等分支給されたからである。

4 原判決は、右のごとき判断を行うのであれば、何故、直接の証拠調を実施して、その判断の正当性を実証しなかつたのであろうか。

原判決の判断パターンを見れば、頭から当事者双方の善し悪しを極めつけ、一方の有利な事実は一切排斥し、他方の不利な事実は、ことさらに弁護して救済する手法を採つたものと言わざるを得ない。

(六)1 原判決は、被上告人が、本件退職金につき一方では単独受給を主張し、他方では3等分受給の旨の税申告を維持し、その修正申告も行つていないという事実を、係争中であるからむしろ当然である旨弁護しているが、何故修正申告しないのが当然なのであろうか。

原判決の大前提たる乙第1号証の記載内容の真実性をもとにすれば、右3等分受給の申告こそ違法であり、条理上も早急に修正申告がなされてしかるべきことである。

しかも、(財)○○会および被上告人は、相続税申告後の税務調査においても、当初申告どおりの説明を行つており、被上告人単独受給などの説明は全く行つていないのである。

だからこそ、本件死亡退職金の税処理については、いまだ、何ら問題が生じていないのである。

2 ところが、むしろ逆に被上告人が、後日葛飾税務署に対して修正申告するに至つた、亡七郎の貸付金未申告分については、現在、その課税問題が生じており、そのことを原因として、上告人(原告)らとしては、税務当局から修正申告をうながされている状況である。(ちなみに、上告人2名は、亡七郎の遺産については1円の金銭も1個の物品も受領していないのである。)

3 右のとおり、被上告人、即ち(財)○○会は、本件退職金の支給につき、その税申告上、一貫して上告人・被上告人らの等分受給の主張を崩さず、今日に至るまで数回の修正申告の機会をも何らの対応をしていないのである。

それでも、原判決は、それが当然の措置であると断じきれるのであろうか。

(七) 原告は、その理由中、末尾に、わざわざ乙第1号証の記載内容の真実性を強調するためか、証人佐山および被上告人が亡七郎の死後、急にしばしば用いている常とう語の「亡七郎の生前同人の○○会の運営その他を物心両面にわたり支えた内助の功に報いるため」という文言を採り上げているが、原判決が右文言を信用して、その判断材料にもちいたものであれば、原判決の審理不尽の誤りを犯したと言わざるを得ない。

本件記録上から、右文言内容の真実性を担保する証拠はないと同時に、被上告人自身に対する尋問を実行するならば、右のごとき文言内容が、いかに空虚なものであるのかが明白になる。

(財)○○会の現理事には、亡七郎による(財)○○会の設立運営等に寄与した人物は皆無である。そのほとんど、亡七郎の晩年、(財)○○会の基盤が万全となつた以降、関与して来た人物ばかりである。(亡七郎の生存中における理事など、単に名目だけであり、理事会など開催されたことはない。)

四 以上、上告人(原告)らは、その上告理由を述べて来たが、本件については、原裁判所へ破棄差戻しのうえ、然るべき立証を尽されるべき事案であると確信するものである。

〔参照1〕 二審(東京高 昭58(ネ)2246号 昭59.1.30判決)

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

一 控訴人

主文同旨

二 被控訴人ら

控訴棄却

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一 控訴人

原判決6枚目表7行目末尾と8行目冒頭の間に次のとおり加入する。

「、特に控訴人は、設立当初資力の不十分であつた夫である亡七郎の創立した○○会の事業資金に充てるため、自ら写真館を経営し、また葛飾生活館において結婚記念写真業に従事し、これらから得た収益を多額にわたり支出して○○会の施設・設備の拡充に努めたうえ、常時検診要員の世話を続け、他面、亡七郎が晩年糖尿病等で療養を要する状態にあつた時期を通じ献身的に看護に従事する等、物心両面において同人を強力に補佐し、これにより初めて同人の○○会における職務遂行が可能であつたもので、これらの内助の功は○○会の理事等役職にある者及び友人知己の知悉していたことであつたから、同人の控訴人に対する推定的意思ないし遺思としての特別贈与金の措置が必要視されること」

二 被控訴人ら

原判決6枚目裏末行の前に次のとおり加える。

「財団法人○○会の死亡退職金等支給決定に至るまでの配慮事項と控訴人の固有財産であるとの法律上の性質及び遺産分割手続に付すべしとの予備的主張をすべて争う。」

第三証拠〔略〕

理由

一 控訴人が亡福田七郎の妻、被控訴人明及び同秀子がその子であり、それぞれ七郎の相続人の地位にあること、亡七郎は、昭和55年5月26日死亡したが、その生前昭和42年2月に結核、成人病等の予防事業などを目的とする財団法人○○会(以下「○○会」という。)を設立しその理事長に就任したこと、○○会は、その設立前に亡七郎が所長となつていたエツクス線技師の養成を目的とする「○○○○エツクス線技師養成所」の移管を受け、その後2回の名称変更を経て右養成所は、亡七郎の死亡時、「○○○○○○専門学校」と改称されていたが、その経営が○○会における主たる事業となつていたこと、亡七郎が死亡した当時、○○会には退職金支給規程ないし死亡功労金支給規程は存在しなかつたが、○○会は同人の死亡後同人に対する死亡退職金(以下「本件退職金」という。)として2000万円を支給する旨の決定をし、その後控訴人に対し右2000万円の支払をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、本件退職金の支給決定をした日は、原審証人佐山正の証言により真正に成立し、かつ、その作成日時と記載されている昭和55年12月6日の直後に作成されたものと認められる乙第1号証及び同証人の証言によれば、右12月6日であるが「同年10月4日開催の理事会においてすでに同じ案件が審議の対象となつていたものであることが認められ、また、控訴人に対し本件退職金が支給された日は、証人佐山正の証言により真正に成立したものと認められる乙第2号証の1及び同証人の証言によれば、昭和56年3月16日であることが認められる。

二 しかるところ、被控訴人らは、本件退職金を控訴人が受領したことにつき、右退職金は相続人全員に支給されたものであり、控訴人は相続人3名の代表として受領したものにすぎない、と主張するのに対し、控訴人は、控訴人自身に支給されたものである旨主張するので、右の点につき検討を進める。

1 前掲乙第1号証には、本件退職金は亡七郎の配偶者である福田ふみ(控訴人)に対して支給する旨の決議をした、との記載があるから、本件退職金は、○○会に何ら退職金に関する規定がなかつたという前判示の事情のもとでは、特段の事情のない限り、亡七郎の相続財産として相続人の代表者としての控訴人に支給決定がされたのではなく、字義どおり相続という立場を離れて、亡七郎の配偶者であつた控訴人個人に対して支給されたものと認めるのが相当である。したがつて、以下右特段の事情の有無について検討する。

この点につき、(1)成立に争いのない甲第3号証の1ないし3、原審証人本田彦蔵の証言により真正に成立したものと認められる甲第6号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第7号証、公文書であるから真正に成立したものと推定すべき甲第9、第10号証によれば、本件退職金については、○○会委嘱の税理士本田彦蔵により、また被控訴人らにより他の相続財産と共に相続人3名においてみなし相続をしたものとして相続税の課税処理がされていること、(2)前掲乙第2号証の1、2及び証人佐山正の証言によれば、本件退職金はその支払に当たり、控訴人名義の預金口座ではあるが、「福田ふさ相続口」なる特別の口座に振り込まれていること、(3)成立に争いのない甲第13号証によれば、控訴代理人は、被控訴人らが控訴人を相手方として申し立てた遺産分割調停事件(東京家裁昭和56年(家イ)第159号)につき相手方代理人として提出した昭和56年6月16日付準備書面において、○○会から支払われた本件退職金は、現在控訴人において保管中である旨控訴人と被控訴人らの3名に支給されたものであることを自認するような陳述をしていることが認められる。

しかしながら、(1)については、税理士ないし利害関係人による税務処理いかんによつて直ちに本件退職金の性格が決定されるものでないことはいうまでもないところ、一般に、死亡退職金の法的性質については従来から争いがあつて、これに関する見解として、亡七郎の死亡による相続税の申告期限である昭和55年11月頃には、死亡退職金は相続財産に属するとの見解も有力であつたのであり(この点に関し、支給の第1順位を内縁を含む配偶者と明定する退職手当に関する規定がある場合に、その受給権は相続財産に属さず、配偶者である妻固有の権利であるとの最高裁判決が言渡されたのは同年11月27日のことであり、当時最高裁がその見解をとることがいまだ周知されていなかつたことは当裁判所に顕著である。)、証人本田彦蔵の証言に徴すれば、同人は、当時、税理士として基本的にかかる見解を前提とし、しかも、申告の当時はまだ○○会における退職金支給の件は内定の段階にあつて、常務理事の佐山正から支給金額のみを知らされ、何人に支給されるものであるかは確知しないまま、税務上の処理をし、その後も必ずしも○○会から右の点につき正確な告知を受けていなかつたことが認められるから、本田税理士による税務上の処理いかんは、前記認定を覆えすに足りる特段の事情となりえず、また、被控訴人らが自ら相続ないしみなし相続を受けたものとして申告したことも事柄の性質上、特段の事情となしえないことは同断である。次に、(3)については、原本の存在及び成立に争いのない乙第3、第4号証によれば、右調停事件の相手方代理人である控訴代理人は、前記準備書面提出の翌月である昭和56年7月23日付準備書面をもつて直ちに、本件退職金は控訴人個人に対して支給されたものである旨の主張をしているから、前記6月16日付準備書面に用いられた「保管中」なる文字を字義どおりに解するのは相当でない。そしてまた、この事実と成立に争いのない甲第11号証、証人佐山正の証言と弁論の全趣旨によれば、前記(2)のように、本件退職金が昭和56年3月16日に○○会により福田ふさ相続口に振り込まれたのも、当時すでに本件退職金と○○会から支払われるべき同会○○○○○○専門学校用地になつている土地の地代との帰すうが控訴人と被控訴人間で争いとなつていたところから、○○会及び控訴人において独断専行を避け、ひとまず右相続口なる口座に振込みを受けたものと認めることができるのであるから、(3)の保管中なる文言も右処理の趣旨に添うものということができ、(2)、(3)の事実もまた前記特段の事情とするに足りず、更にまた、証人本田彦蔵の証言によれば、同人のした税務処理については、なお本件退職金が控訴人のみのみなし相続財産であるとの修正申告はされていないことが認められるが、本件退職金の帰すうにつき本件で係争中であることを考慮すれば、むしろ当然であつて、これまた前記認定を覆えす特段の事情とはなりえないというべきである。そして他にも右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

2 のみならず、本件退職金が亡七郎の生前における○○会に尽した功労に対する報償の性質を含むことは当事者間に争いがないが、前掲乙第1号証及び証人佐山正の証言によれば、○○会の理事会において退職金支給の相手方を亡七郎の配偶者である控訴人と決議したのは、控訴人が亡七郎の生前同人の○○会の運営その他を物心両面にわたり支えた内助の功に報いるためであり、その形式として東京都職員退職手当に関する条例、同施行規則等において配偶者が第1順位とされていることに倣つた結果であることが認められるから、○○会の理事会の意思が控訴人個人に対して退職金を支給する趣旨であつたことはむしろ明確であるといわなければならない。

三 以上の認定と判断によれば、被控訴人らが本件退職金2000万円につき、それが亡七郎の相続財産であるとの主張に基づき、控訴人に対し共有財産の引渡し請求として各3分の1の金員とその遅延損害金の支払を求める本訴請求は、爾余の判断をするまでもなく理由のないことが明瞭である。してみれば、原判決は当裁判所の判断と結論を異にし失当であるので、本件控訴に基づきこれを取り消して本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法96条、89条、93条1項本文を適用し、主文のとおり判決する。

〔参照2〕 一審(東京地 昭57(ワ)2084号 昭58.8.25判決)

主文

1 被告は原告福田明に対し金666万6666円、原告飯田秀子に対し金666万6666円及びこれに対する昭和56年4月1日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 主文同旨

2 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 (当事者)

原告福田明(昭和7年2月8日生)は亡福田七郎(明治34年3月21日生、昭和55年5月26日死亡)と亡福田カル(昭和8年10月27日死亡)との間の長男であり、原告飯田秀子(昭和17年11月3日生)は亡七郎と亡福田久子(昭和28年2月2日死亡)との間の二女であり、被告福田ふさは亡七郎と昭和30年3月24日婚姻した妻であり、いずれも亡七郎の相続人である。原告ら及び被告は、亡七郎の遺産につき遺産分割の調停申立事件(東京家裁昭和56年(家イ)第159号事件)において係争中である。

2 (亡七郎による財団法人○○会創立とその経緯)

(1) 亡七郎は昭和6年以降その自宅において福田写真館を営むかたわら、昭和25年ころ「○○○○診療所」を開設し、昭和34年1月X線技師養成を目的とする「○○○○エツクス線技師養成所」を設立し、右養成所長として自らX線技師の養成を行うに至つた。

(2) その後、亡七郎は昭和42年2月、同人の全額出資によつて結核、成人病等の予防事業などを目的とする財団法人○○会を設立し、その理事長に就任するとともに、「○○○○エツクス線技師養成所」を右財団法人の経営に移管した。右「○○○○エツクス線技師養成所」はその後、「○○○○放射線技師養成所」、「○○○○○○学院」、「○○○○○○専門学校」と改称され、財団法人○○会におけるほとんど唯一の事業となつている。

3 (財団法人○○会からの死亡退職金の支給)

(1) 財団法人○○会は、創設者であり現職の理事長であつた亡七郎の死亡退職金として、昭和55年11月15日までに金2000万円を支給する旨決定し、遅くとも昭和56年3月31日までに、亡七郎の相続人の一人である被告に対し、遺族の代表として右死亡退職金2000万円を支払つた。

(2) ところで、財団法人○○会では、昭和42年2月の創立以来退職金支給規程あるいは死亡退職功労金支給規程は存在せず、また理事などの役員に対する退職金支給の先例も皆無であつたところ、亡七郎の死亡退職につき、同人が全額出資によつて設立しかつ理事長として同法人の発展に尽してきた功労に報いるため金2000万円の死亡退職金を支給するに至つたのである。

(3) 従つて、財団法人○○会からの右死亡退職金2000万円は、亡七郎の遺族たる原告両名及び被告ら3名の固有の共有財産とみるべきであり、共有者間において平等に分割されるべきである。このことは、昭和56年1月30日、財団法人○○会から原告両名に交付された「退職所得の源泉徴収票(昭和55年分)」によれば、支払を受ける者として「理事長福田七郎相続人福田ふさ他2名」と記載され、同法人が亡七郎の遺族たる原被告ら3名に対し共有財産として一括支払つたことが明らかである。

(4) しかるに、被告は財団法人○○会から右金2000万円の死亡退職金を遺族代表として受領しながら、原告らの分割請求にもかかわらず、その分割による支払をしない。

4 (むすび)

よつて、原告両名は被告に対し、亡七郎の死亡退職金として被告が遺族代表として受領保管中の金2000万円につき、各666万6666円及びこれに対する被告が受領した日の後である昭和56年4月1日から支払ずみまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否及び被告の主張

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の(1)のうち、○○○○診療所の「開設者」が亡七郎であることは否認し、その余の事実は認める。

同2の(2)のうち、財団法人○○会が亡七郎の「全額出資によつて」設立されたこと及び○○○○○○専門学校が同○○会の「唯一の事業となつている」ことは争い、その余の事実は認める。

3 同3の(1)のうち財団法人○○会が亡七郎の死亡退職金として金2000万円を被告に支払つたことは認めるが、それを「遺族の代表として」被告に支払つたことは否認し、その余は争う。

同3の(2)のうち、亡七郎の死亡時に財団法人○○会には退職金支給規程あるいは死亡退職功労金支給規程が存在しなかつたこと及び金2000万円が亡七郎の財団法人○○会に尽した功労に対する報償の性質を一部兼有するものであることは認めるが、その余は争う。

同3の(8)及び(4)の事実はいずれも否認する。

4 財団法人○○会は、昭和55年12月6日、創立者・理事長であつた亡七郎の死亡にともなう退職金、功労金及び特別弔慰金等として金2000万円を被告に支給する旨決定し、昭和56年3月16日これを被告に支払つた。当時死亡退職、功労金及び特別弔慰金等支給規定を有しなかつたので、調査、検討の結果、公務員及び企業体の役員、従業員等に関する当該規定はいずれも法定の相続順位とは異なる受給権者の順位を定めており、かつ第1順位者は妻とされていること、死亡退職金は生活保障的性格を有し、亡七郎と生計を共にしていた妻である被告に支給することが実質的にも妥当であり、また功労金・特別弔慰金についても同様の措置が妥当であること及び亡七郎と原告らは長期間にわたつて絶縁状態にあつたこと等の諸事情を考慮して以上のとおり支給を決定したものである。従つて、右死亡退職、功労金及び特別弔慰金2000万円は被告が財団法人○○会から支給された被告固有の財産である。

かりにそうでないとすれば、右金員は亡七郎の遺産に準ずるものとして遺産分割手続により同人の遺産と包括的にその帰属を決すべきものであり、被告は亡七郎の遺産の形成、維持に対し特別の寄与をなした事実が存在し当該寄与は右死亡退職、功労金にも存在する。従つて、右死亡退職・功労金等は遺産分割における一般的原則のほか右特別寄与の評価に服すべきものであり、特別寄与分は亡七郎の遺産及び右死亡退職・功労金等の2分の1以上に相当するものである。

第三証拠〔略〕

理由

一 請求原因1(当事者)の事実、同2(亡七郎による財団法人○○会創立とその経緯)の(1)(○○○○診療所の「開設者」が亡七郎であることを除く)、(2)(財団法人○○会が亡七郎の「全額出資」によつて設立されたこと及び○○○○○○専門学校が同○○会の「唯一の事業となつている」ことを除く)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二 財団法人○○会が亡七郎の死亡退職金として金2000万円を被告に支払つたこと、亡七郎の死亡時に財団法人○○会には退職金支給規程あるいは死亡退職功労金及び特別弔慰金等支給規程が存在しなかつたことは当事者間に争いがない。

(1) 原告は財団法人○○会の支給決定のなされた日が昭和55年11月15日までと主張し、被告は同年12月6日であると主張するが、証人佐山正の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第1号証(理事会議事録)によれば昭和55年12月6日の理事会において支給決定されたものと認められる。もつとも右乙第1号証の記載によれば昭和55年10月4日開催の理事会において既に審議されていたこと、成立に争いのない甲第7号証、同第8号証及び証人本田彦蔵の証言によれば昭和55年11月8日ころ既に死亡退職金として金2000万円の支給が内定していたことが認められる。

(2) 原告は退職金の支給された日が遅くとも昭和56年3月31日までと主張し、被告は昭和56年3月16日と主張するが、証人佐山正の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第2号証の1、2によれば昭和56年3月16日であることが認められる。

(3) 本件の基本的な争点は誰に支給されたかという点である。被告は前記乙第1号証を根拠に東京都職員退職手当に関する条例、同施行規則等にならい、亡七郎の配偶者である被告に支給されたものと主張し、これに副う乙第1号証及び証人佐山正の証言がある。これに対し原告らは亡七郎の功労に対する報償としてその相続人の一人である被告に対し遺族の代表として支給されたものと主張し、これに副う成立に争いのない甲第3号証の3(退職所得の源泉徴収票特別徴収票)、証人本田彦蔵の証言により真正に成立したものと認められる甲第6号証(相続税の申告書)、公文書であるから真正に成立したものと推定される甲第9、同第10号証があるほか、前記乙第2号証の1、2及び証人佐山正の証言によれば、右退職金は「福田ふさ相続日」に振込まれ、成立に争いのない甲第13号証によれば被告が「保管中」であることが認められる。

以上のように当事者間に争いのない事実及び認定事実によれば、法人の役員が死亡時に退職金支給規程あるいは死亡退職、功労金及び特別弔慰金等規程が存在しない場合に法人の理事会において配偶者に死亡退職金を支給する旨の決定をしたとしても、功労に対する報償の性質を兼有する(一部兼有することは当事者間に争いがない。)死亡退職金について相続税の申告において各相続人が相続分に応じて分割して退職金を取得した旨申告し、相当期間が経過しても修正申告していない(弁論の全趣旨によれば本件においては弁論終結時までに修正申告のなされた形跡はない。)場合には、遺族の代表として相続人の一人である被告が死亡退職金を支給されたものと解するのが相当である。そのように解しないと相続税の負担の面においては優遇措置を受けながら(相続税法12条1項6号により200万円まで非課税とされている)死亡退職金は1人で取得するという不合理な結果を招来することになるからである。

(4) 被告は予備的に特別寄与分の主張をするが、死亡退職金は遺産(相続財産)ではなく、相続人の固有財産であるのみならず、寄与分の判断は家庭裁判所の専権である(民法904条の2、家事審判法9条参照)から当裁判所において判断すべき限りではない。

三 以上によれば、被告は遺族代表として保管中の退職金2000万円を原告らの共有持分に応じて分割すべく、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、仮執行宣言につき同法196条を各適用して主文のとおり判決する。

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